学会ニュース(平成22年度号)

第13回学会大会の印象

第13回マリンバイオテクノロジー学会大会の印象

大会会長 堀 貫治(広島大学大学院生物圏科学研究科)

 マリンバイオテクノロジー学会としては初めて広島大学東広島(西条)キャンパスに皆さんをお迎えして、長沼 毅大会実行委員長のリーダーシップのもと第13回マリンバイオテクノロジー学会大会「マリンバイオ広島2010」を開催することができました。開催日の5月29、30日は最高の天候に恵まれ、キャンパスを含む賀茂台地の美しい新緑を満喫していただけたものと思います。
 本大会は授賞講演、3つのシンポジウム(15題)、一般口頭発表(9セッション)(40題)、一般ポスター発表(34題)、企業展示で構成されました。プログラムの編成方針としてシンポジウムと一般口頭発表/ポスター発表の同時進行を避けることにしたため、いずれの会場もほぼ満席に近い盛況で、活気のある討論がなされました。両日の参加者は170名近くになり、落ち着いた雰囲気の中で実りのある学術交流の場となったことと思います。本大会では「マリンバイオと水産の融合」をキーワードにした大会運営を試みましたが、幸いに「次世代シーケンサによるマリンゲノム研究の新展開」および「マリン発酵テクノロジーの萌芽 —海藻からのバイオエタノール生産—」の両シンポジウムにその趣旨が反映されていたように思います。いずれも盛況で熱気に包まれていましたことを報告しておきます。
 また、本大会は、「平成の市町村大合併」により2005年に瀬戸内海を擁する市となった東広島市にとっても記念すべきものになりました。中国山地から賀茂台地(西条盆地)を経て瀬戸内海に至る東広島市の地理環境は、海の幸は山の幸がもたらすことを実証できる格好のモデル地域でもあります。市民公開シンポ「山河森海のつながりがもたらす豊かな幸」を開催するに相応しく、本公開シンポは本大会に花を添えてくれました。
 初日夕方に開催された懇親会では、酒処西条の酒造協会から寄贈された数々の銘酒を酌み交わしつつ、親交を深めていただきました。その席上、学生ポスター賞に輝いた4人の受賞者から今後の研究の抱負を語っていただいたことも意義深く、印象に残っています。広島では第2回大会が開催されて以来の12年ぶりの大会でしたが、十二支で言う一巡り先のマリンバイオ分野の進展に思いを馳せる良い機会でもあったように思います。
 マリンバイオ分野の益々の発展を祈願するしだいです。

第13回学会大会を振り返って

第13回マリンバイオテクノロジー学会大会を振り返って

大会実行委員長 長沼 毅(広島大学大学院生物圏科学研究科)

 マリンバイオテクノロジー学会大会が広島で開催されるのはこれで2回目、12年ぶりのことです。前回(第2回大会)も私が大会実行委員長を務めさせて頂きました。前回は、広島大学の本部がある東広島キャンパスはまだ交通や宿泊の面が必ずしも整備されていませんでしたので、広島駅から手軽にアクセスできる県立広島女子大学のキャンパスをお借りして開催しました。そのときの大会会長は中国工業技術研究所(現・独立行政法人産業技術総合研究所 中国センター)の山岡到保先生にお願いしました。あれから12年、当地もずいぶんと便利になりましたので(まだまだ不便という声も頂きましたが)、広島大学の東広島キャンパスにある生物生産学部棟に皆さまをお迎えすることができました。
 本大会では、学会理事会、大会実行委員会の先生方、シンポジウム世話人の先生方には御多忙の中、多大なる御助力をいただき、とても感謝しております。また、後援、協賛、企業展示、広告展示、パンフレット配布などの形で多くの団体・企業の方々から御支援を賜りました御蔭で、本大会をつつがなく開催することができました。
 二日間の本大会への参加者は160名に達し、地方大会としては盛況の部類に入ると思います。実際に、口頭発表やポスター発表、シンポジウムなどの会場はとても活況を呈していました。本大会ではプログラム編成にあたり、ふたつの方針を基にしました。ひとつは一般講演とシンポジウムを分けたこと。この実験的なプログラム編成により、ほとんどの参加者はいずれかのシンポジウムに参加することになり、シンポジウムの盛況を導けたと思います。
 もうひとつの方針は二日目の午後に一般講演もシンポジウムも入れず、市民公開シンポジウムのみにしたこと。この変則的なプログラム編成により、翌日(5/31)に東京で開催された国際シンポジウム「微細藻類のバイオテクノロジー~食糧・環境・エネルギー~」への参加者の便宜を図れたことと思います。これらの方針にはそれぞれ長短あり、参加者の方々には御不便をお掛けした面もあると思いますが、実験的な試みと変則的な対応ということでお許し頂きたくお願いします。
 最後になりましたが、大会の準備から当日の運営まで精力的かつ献身的に進めてくださった株式会社メッドの方々および事務局メンバーに感謝いたします。また、とても楽しく和やかな懇親会を演出してくださった西条HAKUWAホテルの方々および西条酒造協会様にも心から御礼を申し上げます。

学会賞受賞講演の印象

学会賞受賞講演の印象

マリンバイオテクノロジー学会会長 嵯峨 直恆(北海道大学大学院水産科学研究院)

 2009年マリンバイオテクノロジー学会賞(論文賞、岡見賞)は、規程に基づき学会賞選考委員会によって厳正に選考され、理事会において承認されたそれぞれ1件ずつの論文および技術に対して授賞された。
 [論文賞]は、学会誌Marine Biotechnology (Springer, New York)に掲載された2008年(Vol.11, No.1-6)の論文の中から、マリンバイオテクノロジー学会員が著者となっている論文を対象に選考された。その結果、筑波大学白岩善博博士グループによる論文「Cold Stress Stimulates Intracellular Calcification by the Coccolithophore, Emiliania huxleyi (Haptophyceae) under Phosphate-Deficient Conditions(著者:佐藤真奈美、岩本浩二、鈴木石根、白岩善博)」が選考された。学会総会において授賞式が挙行されたのち、グループを代表して、白岩善博博士により受賞講演「円石藻Emiliania huxleyi の細胞内石灰化の生理学的要因の解析:リン酸欠乏誘導性のココリス形成の低温による促進効果」が行われた。受賞者等によるおおきな研究成果は、円石藻Emiliania huxleyiにおけるココリス形成(石灰化反応)が、リン酸欠乏条件により促進されることを明確に区別して明らかにしたことである。受賞講演では、主に、円石藻E. huxleyiの細胞内石灰化反応の生理学的制御について報告された。
 受賞者等は、円石藻においてリン酸欠乏が与えられることによって、貯蔵多糖合成が制御され、逆に細胞内ココリス形成に関与すると推測されるココリス多糖(酸性多糖)の合成が促進されること等を明らかにし、報告した。今回発表された成果は、本種における石灰化反応の制御機構の一端を明らかにするとともに、海洋における膨大な円石藻の増殖と石灰殻形成に関する制御機構の解明に大きく寄与することが期待され、高く評価されるものと思われた。
 [岡見賞]は、マリンバイオテクノロジーの発展に寄与した技術に対して授与される技術賞である。今回は、「深海微生物酵素のバイオテクノロジーへの応用(秦田勇二博士、(独)海洋研究開発機構)」が選考され、同課題による受賞講演が受賞者により行われた。授賞対象技術は、多岐多様な特殊機能を有する深海微生物の生産する様々な酵素の探索・単離・応用に関するものである。受賞者は、深海環境から特殊多糖分解機能を有する微生物を探査・単離し、これらの微生物より多くの新規アガラーゼやカラゲナーゼを発見した。また、多糖類分解酵素の他、酸化剤耐性酵素、トレハロース生成酵素、糖転移酵素等多くの私達の生活にも関わる有用酵素の発見にも成功した。このように、受賞者の開発した技術とその応用による成果は、基礎科学としては無論、実用化を目指した応用科学としても独創的かつ先端的なものであり、高く評価できるものと思われた。

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シンポジウムの印象

シンポジウムの印象(1) 次世代シーケンサによるマリンゲノム研究の新展開

廣野 育生(東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科)

 近年、ゲノム研究はヒト全ゲノム解読、マイクロアレイによる遺伝子発現解析手法の確立などで、ゲノム研究は一段落したように思えたが、次世代シーケンサの登場により全く新しい局面を迎えている。次世代シーケンサにより大規模なゲノム解読、トランスクリプトーム解析が、以前よりは安価で、短時間で行えるようになり、マリンゲノム研究を含むマリンバイオテクノロジー研究分野においても研究競争が世界的規模で既に始まっている。本シンポジウムは、海洋生物資源の豊富なわが国でこのような状況にどのように対処すべきかを議論する場を設けることを目的として企画された。
 講演ではまず、東京大学の浅川修一氏がゲノム解読研究についての最近の動向や、次世代シーケンサの種類や機能、さらにはその用途について紹介された。今後、次世代あるいは次々世代と呼ばれるシーケンサが登場することによりシーケンスデータが湯水のごとく産出される、超大量シーケンシング時代に向けてコンテンツ(家系の作出やサンプリング、表現型のカテゴリー化、指標の客観化、数値化、規格化)の充実をはかる必要が有ることも示された。早稲田大学の竹山春子氏は海洋有用遺伝子資源としてのマリンメタゲノム解析と展開について紹介された。有用生理活性物質を産生すると考えられている海洋生物に共生する細菌のメタゲノム解析により、有用酵素候補遺伝子の存在が明らかにされる等、メタゲノム解析の有用性についても示された。水産総合研究センターの菅谷琢磨氏は次世代シーケンサを用いて現在進行中であるクロマグロの全ゲノム解析について紹介されるとともに、ゲノム配列情報が全くない生物の次世代シーケンサを用いたゲノム解析の難しさや、将来の水産生物のゲノム解読の展望についても示された。東京海洋大学の近藤秀裕氏は、ゲノムあるいは遺伝子配列情報が少ない生物種においても次世代シーケンサにてEST解析をすることで多量に遺伝子配列情報を取得することが可能であることから、一度に数千から数万遺伝子の発現を網羅的に解析することが出来るオリゴマイクロアレイを作製し活用していくことで、これまでと比べて遺伝子発現についての情報量が桁違いに増大することを、魚介類免疫学を中心に紹介された。東京大学の木下滋晴氏は次世代シーケンサによるアコヤガイ真珠層形成関連組織のEST解析データを基にトランスクリプトーム解析を行い、真珠層形成に関与する可能性のある新規遺伝子配列が多数得られていることを紹介された。九州大学の久原哲氏は従来からの微生物単離培養を基盤とする微生物学から、環境中から直接DNAを抽出しその配列の類似性から環境中の微生物叢を直接的に解析し、微生物叢と環境条件とのアソシエーションを検討できるでき時代になってきていることを紹介され、海洋環境中の微生物叢についてマイクロアレイを用いた解析における問題点と今後の展望について示された。
 ゲノム解析技術の改良は凄まじい早さで進んでおり、ゲノムビッグバンと呼ばれる時代になって来ている。今後、マリンゲノム研究分野においても、新たな展開が期待できるシンポジウムであったと感じている。

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シンポジウムの印象(2) マリン発酵テクノロジーの萌芽
-海藻からのバイオエタノール生産-

内田 基晴(独立行政法人水産総合研究センター)

 マリンバイオテクノロジーは、夢のある研究分野であるが、残念ながら実際に経済的利益を産み出した例は少ない。このことが、企業による研究投資が増加しない理由となっている。一方、発酵学は、古くから存在する研究分野であるが、しっかりした産業基盤に基づいており、研究と産業が両輪となって発展している分野である。近年、海藻類も乳酸発酵させることができるかことが分かり、マリン発酵テクノロジー、とりわけ海藻類などの海の植物性素材を発酵させる技術の発展が、新たな産業分野を創出するものと期待されている。
 今回のシンポジウムは、マリン発酵テクノロジーのなかで、最近話題に上ることが多い、海藻からのバイオエタノール生産に焦点を絞ったものであった。この分野の研究の歴史は、非常に浅く、2005年前後から日本で始まり、勉強会的なシンポジウムが盛んに開催されたが、主に、如何に大量の海藻バイオマスを生産するかという点などについての構想を練る点に重点が置かれていた感があった。今回のシンポジウムでは、実際に研究室において、実験的データをもっている5人の演者が呼ばれ、講師を務めた。まず、韓国の産業技術総合研究センター的な研究機関であるKITECHのYoon博士が、基調講演を行い、この分野で世界をリードしているガラクタン海藻からのエタノール生産についての研究の現状を報告した。続いて、(独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所の内田が、日本における研究の現状と、水産分野の研究機関による取り組みを紹介した。海藻の成分情報に関するデータベースを整備している等の内容であった。続いて伊佐が(独)産業技術総合研究センターにおける取り組みを紹介し、東南アジアのエビ養殖における環境浄化とリンクさせた海藻生産とその利用について発表した。最後に、東京海洋大学の浦野が酵母を利用したエタノール生産について、北海道大学の澤辺が、マリンビブリオを利用したエタノール生産に関する発表を行った。
 シンポジウム参加者は70名程度と盛況であり、質疑応答も活発に行われた。海藻からのバイオエタノール生産は、現在のところコスト面から難しいとする論調が多く聴かれたが、お酒としての利用などには大きな可能性があるとされ、未開拓の研究分野であるだけに、将来性は大きいという意見が出された。新種の海藻細菌が、マンニトールを基質としてバイオエタノールを作り出すとか、新しい発見が続々と見出されており、「藻類の発酵テクノロジーは、可能性に溢れている」という結論は、決して誇大広告でないことを印象づけたシンポジウムであったと思う。

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一般講演の印象

一般講演の印象(1) セッション1 天然物化学・未利用資源

平山 真(広島大学大学院生物圏科学研究科)

 本セッションでは、まず、長崎大学の小田らにより、海藻多糖類由来オリゴマーの生物活性についての発表がなされた。多糖類由来オリゴマーの生物活性は、その重合度によって異なることを示し、また末端構造が異なるとその活性は大きく変化することが報告された。今後、高活性を示す重合度のオリゴマーを効率的に得る工夫や、その機能発現機構の解明などが期待される。次に、海産紅藻からの新規海洋香気成分の単離同定について、山口大学の赤壁らにより発表された。海の匂いを感じさせる紅藻由来ニオイ成分につきGC-MSやNMRにより構造化学的に同定し、またその類縁化合物を調製してニオイと構造との相関についても考察するなど、丁寧な研究がなされていた。採取場所によって含有量が異なるとのことから、香気成分と生育環境との関わりについて興味がもたれる。
 本セッションで行われた発表は2演題のみであり、地方大会であることを加味しても他セッションと比べて少なく感じられた。本分野の関連研究が他セッション内でみられ、応用研究が進んでいるものとも考えられるが、マリンバイオテクノロジーの発展のためには新素材の開発・提供は継続して行われるべきである。次大会ではより多くの発表がなされることを期待する。

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一般講演の印象(2) セッション2 微細藻

平山 真(広島大学大学院生物圏科学研究科)

 本セッションでは3題の発表が行われた。まず、琉球大の須田らにより、シガテラ中毒の起源とされるGambierdiscus属の琉球列島における種分類と分布について報告された。本発表では、これまで行われてきた形態による分類法に加え、rDNA塩基配列を用いた分子生物学的分類法を適用し、その有効性を示した。今後、更に体系的に同有毒微細藻の分類および分布域を明らかにし、シガテラ中毒の発生率・危険性の低減に貢献していただきたい。次に、神奈川大の櫻井らにより、ヒドロゲナーゼ不活性化シアノバクテリアを用いた大規模水素生産についての発表がなされた。具体的なコスト低減策およびコスト試算について報告があり、実用化までの道筋が整いつつあると感じられた。最後に、東京農工大の田中らにより、トリグリセリド産生海洋珪藻のバイオディーゼル燃料への利用に関する研究発表が行われた。同珪藻のトリグリセリド高生産株につき、その代謝系の解明を目的としてゲノム解析が進められており、これにより明らかとなった興味深い知見が報告された。今後、代謝関連遺伝子群について詳細な解析が行われ、トリグリセリド生産の更なる効率化が行われるであろう。以上、各演題はいずれも“マリンバイオテクノロジー”の“微細藻”分野に相応しく、今後の発展に期待したい。

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一般講演の印象(3) セッション4 魚介類

高木 善弘(独立行政法人海洋研究開発機構)

 私自身の研究はゲノム微生物学で、研究の大半はゲノムの塩基配列を眺めながら微生物の生活様式やその能力をあれこれ推測しています。本大会に参加するのは初めてで、座長をさせていただいた演題のすべては海洋生物(資源)を如何にうまく利用していくかを最終目的としていました。例えば、アサリをグルコース添加の海水に浸漬することによりアサリに蓄積する有機酸含量が向上することからアサリの美味しさの向上が期待できるとのことでした。この美味しさを客観的に評価できればこの研究の波及効果が高まっていくと期待でされます。また、PNA probeによるPCR clamping 法が検討されており、この手法が動物の食性を把握する手段としての有効であることが示されていました。他に、養殖魚の突然変異育種ための最適な変異導入技術の開発、微生物を共生させているシンカイヒバリ貝の血液細胞の形態研究が発表されました。これら研究はいづれも、対象生物を個体毎に観察、分析することから生物の面白さ明らかにしようとするもので、私自身のゲノムから生物の特性を推定する研究とは正反対のアプローチでありました。これは、私自身にとって新鮮であり、観察された事実を如何に説明できるかが重要であることを再認識できた機会でありました。

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一般講演の印象(4) セッション5 マリンゲノム

三好 達夫(水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所)

 本セッションでは、シロウリガイ共生菌に関する発表が2題、メタゲノムに関する発表が2題、そしてクロマグロの種苗生産に関する発表が1題の、計5題の講演が行われた。
 高木(JAMSTEC)は、シロウリガイ共生菌のゲノム縮小は非相同組換えによる非コード領域の欠失によって起こるということを報告した。吉田(JAMSTEC)は、多様なゲノム欠失・縮小パターンの中からシロウリガイ共生菌が選択されていくという仮説を示した。岡村(早稲田大学)および小原(東京農工大学)は、天然の細菌ろ過装置であるカイメンを用いてメタゲノムライブラリーを作成し、岡村はバイオインフォマティクスからのアプローチを、小原は機能からのアプローチを行い、新規機能遺伝子をスクリーニングした。添田(ジェノテックス)は、人工種苗放流の影響および栽培事業の評価を同時に達成するため、クロマグロ優良種苗のD-loop配列をデータベース化し、市場でその遺伝子配列をサーベイするという発表を行った。これら5題の講演全てが大量のシーケンスデータを必要とする研究内容であり、次世代シーケンサーの台頭がマリンゲノム研究の原動力となっていることを感じさせるセッションであった。

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一般講演の印象(5) セッション7 その他

長澤 寛道(東京大学大学院農学生命科学研究科)

 「その他」の口頭発表としては1件しかなかった。この発表は材料がアコヤガイということもあり、バイオミネラリゼーションのセッションに先立って行われた。内容は、アコヤガイから同定された骨形成因子のアミノ酸配列なかで他の生物由来の因子との間で保存された部分の合成ペプチドがマウスの多能性幹細胞を骨芽細胞に誘導したというものであった。この因子はアコヤガイの外套膜上皮で発現していることからアコヤガイで貝殻形成に関与しているかどうか興味が持たれる。

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一般講演の印象(6) セッション8 バイオミネラリゼーション

白岩 善博(筑波大学生命環境科学研究科)

 バイオミネラリゼーションはマリンバイオテクノロジー学会大会の主要テーマの一つであり、本学会大会および学会誌Marine Biotechnologyを特徴づける分野の一つである。本大会では、貝類や円石藻の石灰化機構や炭酸カルシウム結晶構造および結晶形成を制御する有機因子に関する発表が、東京大学(長澤・小暮)、筑波大学(白岩)および、近畿大学(宮下・高木)のグループからなされた。特に、長年円石藻のココリスに含まれ、石灰化に対する強い関連が示唆されてきた酸性多糖(ココリス多糖)の、直接的な結晶形成への関与や関与の仕方がin vitro実験で証明された(筑波大)ことは大きな進歩である。さらに、これまでその存在が不明、むしろ無いのではないかと考えられてきた、円石藻の石灰化に関与するタンパク質因子の遺伝子がクローニングされた可能性があり、ビッグニュースとなった(東大・東薬大)。 一方、円石藻とは反対に、貝類の石灰化に関しては、酸性多糖の関与は無く、タンパク質因子の関与のみが証明されている。貝類の炭酸カルシウム結晶形成はタンパク質因子により制御され、貝殻稜柱層における方解石型炭酸カルシウム結晶と真珠層におけるアラレ石型結晶形成が行われる。それぞれに関与するタンパク質型因子の遺伝子レベルでの研究が急速に進展していることが伺えた。また、ユニークな研究として、イワガキ類においてクモ糸タンパク質に類似したタンパク質が方解石型結晶構造の形成に関与し、それがpoly Alaドメインにより特徴づけられることを証明した研究(京都大学・豊原冶彦)、およびセレン微粒子の形成に関与する深海亜セレン酸還元菌が報告された(県広島大・JAMSTEC)。
 以上のように、内容的に非常にレベルの高い発表がなされたことは高く評価できる。今後もこのようなセッションが継続していくことが強く望まれる。

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一般講演の印象(7) セッション9 環境・環境適応

白岩 善博(筑波大学生命環境科学研究科)

 本大会のプログラム上では「環境・環境適応」に分類された発表が少なく、一般講演で1件、ポスター発表で2件であった。しかしながら、他会場での多くの発表が「環境・環境適応」に深く関連するものであることは自明である。筆者の所属する他の学会では、この分野の発表数は急速にかつ大きく伸びている状況にある。本大会の一般発表では、マグロ血合肉から著者らが20年近くの年月を経て新規発見した新規セレン化合物である「セレノイン」に関する発表(中央水研・山下ら)であり、新規化合物の発見、同定、分子構造およびセレノインが生体抗酸化作用を有することを明らかにした内容で、非常に高く評価されるものであった。尚、当該研究は、筆者も参加した本学会大会の直後に開催されたセレンに関する国際学会「Selenium2010」(京都大学、20101.5.31-6.4)においても非常に高い評価を国内外の研究者から得ていたことを付記したい。
 セレンや希少元素の濃縮、生理機能に関する研究は、本マリンバイオテクノロジー学会が特徴とする研究分野であり、今後ともこれらの研究分野を充実させて行くために、本学会が計画的・戦略的に本セッションを充実させていくことも重要であろうと考える。

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ポスター発表の印象

ポスター発表の印象

清水 克彦(鳥取大学産学・地域連携推進機構)

 今大会のポスター発表には、第1日目の15時から17時まで、総会、学会賞記念講演後、懇親会までの時間があてられた。会場となった受付付近のロビーには、全35件のポスターが掲示された。昨年に比べ、掲題数が少なかったものの、内容は勝るとも劣らないと感じた。会場は出入り口に近いことから、来場者にはアクセスしやすかったであろう。発表時間中、会場はほぼ満員の状態が続き、終始熱気に包まれた。それぞれのポスターを前にして、発表者による説明が行われ、質疑応答が盛んに交わされていた。9つある研究分野のすべてから演題が出ており、多くの来場者が情報収集を行い、討論に参加し、異分野の見識を深めたものと考えられる。また、基礎研究から製品化まで、幅広いステージの研究内容を目にする機会を得ることができた。
 恒例となったポスター賞の選考について、昨年の審査員による投票による選考ではなく、参加者全員による投票としたため、より多くの人々がポスターを真剣に見ていたように思われる。受賞した学生の皆さんには、ごほうびの懇親会を存分に楽しんでいただいたようであり、このような企画がさらによい研究成果をうむ一助となればうれしいことである。

ポスター賞受賞発表は次の通り。
○設楽愛子(東京海洋大・院・海洋科学技術)他
 「クルマエビゲノム配列に存在するWSSV類似遺伝子の発現解析」
○中井亮佑(広島大・院・生物圏科学)他
 「深海熱水ナノバクテリアと既知の海洋微生物の比較メタゲノム解析−ナノバクテリアの特徴とは何か?」
○梅津彰弘(東京海洋大・応用生命科学)他
 「クルマエビリゾチームの生体内での役割について」
○春成円十朗(東京海洋大・院・海洋科学技術)他、
 「海洋生物由来の放線菌からのヒアルロニダーゼインヒビターの探索」

市民公開シンポジウムの印象

市民公開シンポジウムの印象

長沼 毅(広島大学大学院生物圏科学研究科)

 この学会が広島で開催されるのは平成10年の第2回大会以来、これが2回目です。前回は「せとうちルネッサンス」と銘打った市民公開シンポジウムを広島市内中心部のアステールプラザで開催しました。あれから12年、今回は東広島市を舞台に「山河森海のつながりがもたらす豊かな幸」という、より普遍的かつ地域の特色も打ち出せるテーマで、二日目(5/30)の午後2~5時の三時間にわたって市民公開シンポジウムを企画しました。
 そのテーマに沿ってお招きした演者は3名です。まず、基調講演は12年前と同じく、そして、さらにパワーアップした「森は海の恋人」運動で著名な畠山重篤さん、宮城県気仙沼市のカキ養殖の漁師さんです。前回から今回までの間に内閣総理大臣表彰などたくさん受賞されています。畠山さんの名口調に約70名の参加者はしばし陶然としました。
 しかし、全国区の著名人に対し、地元から強烈なカウンターを示したい。そのトップバッターは酒都・西条で「山と水の環境機構」の理事として精力的に活動されている前垣壽男さんです。前垣さんは広島が誇る名酒蔵「賀茂泉」の蔵主でもあられ、酒造りに欠かせない「水」を守りつくるため、山づくり森づくりに励まれておられることをお話しくださいました。
 お次は同じ東広島市の海の拠点・安芸津の漁業組合長、柴孝利さんに臨場感あふれる講演を頂きました。箱庭のように美しい、しかし、箱庭ほどしか広くない、そんな安芸津の海がなんと日本のカキの4%を生産しているという驚きの事実。そして、その生産性を支えているのは安芸津を取り巻く潮と森と山だというのです。
 最後は私が地元の気候・地理・地質・植生・歴史・経済等々を織り込んだ「風土サイエンス」という視点からまとめさせて頂きました。さらに、私が進行役として、上述の3名の演者と会場の参加者によるパネルディスカッションを行い、楽しくも有意義な時間を閉めさせていただきました。これを機会にマリンバイオテクノロジー学会に「山河森海のつながり」を促すという新たな機能を付与していきたいと存じます。

国際シンポジウム報告書

国際シンポジウム報告書
微細藻類のバイオテクノロジー ~食糧・環境・エネルギー
Microalgal Biotechnology ー Food・Environment・Energy

2010年5月31日 (May 31st, 2010)
東京大学農学部弥生講堂・一条ホール&アネックス
(Ichijo Hall & Annex, Yayoi Hall, The University of Tokyo)


 このたび東京大学応用微生物研究所、海洋バイオテクノロジー研究所等において微細藻類研究およびマリンバイオテクノロジー研究の牽引者として永年貢献され、また、マリンバイオテクノロジー研究会および同学会の創始者でもあります宮地重遠先生を讃える国際シンポジウムが、280名程の多くの参加者を得て開催されました。参加者の内訳は大まかに大学・研究機関より約80名、企業関係80名、学生・大学院生約80名、その他約40名でした。
 基調講演3題、ビデオメッセージ1題、講演7件、およびポスター発表45件がありました。ポスターセッションは、身動きし難いほどの盛況であり、会場が狭く感じられました。ご参集の皆様、ご講演の皆様、ポスター発表の皆様、関係者スタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。特に、基調講演をされた宮地重遠先生、センガー博士(ドイツ)、グダン博士(フランス)、ビデオ・メッセージを戴いた光合成の炭素固定の基本回路であるカルビン・ベンソン回路の発見者として著名なA.A. Benson博士に厚く御礼申し上げます。
 本国際シンポジウムは、藻類バイオマスエネルギー研究への注目度を反映して主催者側の予想を上回る参加者があり、研究への熱気を感じることが出来ました。このような背景の元ではありながらも、微細藻類研究の創始者ともいえる先生方のご講演や、微細藻類の二酸化炭素固定に関する細胞生理学、分子生物学、マリンバイオテクノロジー研究の根幹をなす基礎研究の中心的研究者による研究紹介、最先端の微細藻類の応用・実用化研究等幅の広い分野を網羅する話題を提供していただきました。
 本シンポジウムを契機として、多くの参加者の皆様の微細藻類および微細藻類研究に関する理解がさらに深まったものと期待しております。

平成22年6月吉日
マリンバイオテクノロジー学会
国際シンポジウム実行委員会
代表 白岩善博・都筑幹夫

国際シンポジウム参加レポート

国際シンポジウム参加レポート
「微細藻類のバイオテクノロジー 〜食糧・環境・エネルギー〜」に参加して

お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科博士前期課程1年 高井美智留

 おだやかな5月最後の日に、永年微細藻類の光合成およびマリンバイオテクノロジー研究に多大な貢献をしてこられた宮地重遠先生のご功績を讃え、合わせて傘寿を記念した国際シンポジウム「微細藻類のバイオテクノロジー 〜食糧・環境・エネルギー〜 」が東京大学農学部弥生講堂一条ホールにて開催された。10時からの講演を前に、会場には9時頃から大勢の参加者が詰めかけ、建物の中に足を踏み入れただけで、講演が始まる前から本シンポジウムの活気を感じることができるほどであった。配布されたプログラムを手に取ると、緑藻類を大ガメ(培養ビン)で通気培養している様子を描いたカラーのイラストが印刷されていて、シンポジウムの内容に期待が高まった。本シンポジウムでは、午前中に3題の基本講演と1題のビデオメッセージ上映、午後には7題の講演が行われた。ポスター発表は44題であった。
 東京薬科大学の都筑幹夫先生の開会の辞の後に、満席の会場で、宮地重遠先生が、基調講演としてマリンバイオテクノロジーの歴史について説明された。マリンバイオテクノロジーという学問領域を開拓され、国際マリンバイオテクノロジー会議(IMBC)、アジアーパシフィックマリンバイオロジー学会(APMBC)の創設に力を尽くされた先生の口調は、淡々としたものであったが、その陰には多くの苦難があったであろうことが想像できる。日本が常に世界をリードしながら築いてきたマリンバイオテクノロジーの歴史の重みに支えられ、現在の多彩なマリンバイオテクノロジー研究が花開いていることを実感した。ご講演の後に、座長の大森正之先生からの「サイエンスにおいて重要なことは何か?若い科学者に向けてメッセージを発信してほしい。」という質問があった。宮地先生は、間髪を入れずに「To keep interest, that’s all !」とお答えになった。研究を行っていて壁にぶつかった時に先生のお言葉を思い出し、なぜ、どうしてと興味を持って次に進める力を持てるようになりたいと思った。
 次のHorst Senger先生による基調講演では、マリンバイオテクノロジーの歴史、これまで研究に用いられて来た単細胞緑藻であるChlorella pyrenoidosa(オットー•ワールブルグ博士由来)、Scenedesmus obliquus、Chlorella ellipsoidea(Tamiya strain)の歴史、クロレラの食用化などについて説明された。特に緑藻の株の歴史は、それぞれの株を用いて、誰が何の研究を行ったかという系譜になっていて、現在の微細藻類研究の原点を見たような思いであった。また、お話の最後には微細藻類の水槽を屋根に乗せ、微細藻類が生産したH2で動く自動車を作るのが夢だとおっしゃっていたのが印象的だった。
 最後の基調講演でClaude Gudin先生は、フォトバイオリアクター、微細藻類の培養法、Botryococcus brauniiの炭化水素合成などについて説明された。微細藻類を利用した有効な産業をこれから更に開発していくためにはもっと努力が必要であるとおっしゃっており、身が引き締まる思いだった。
 来日がかなわなかったAndrew A. Benson先生はビデオメッセージで、ご自身の最もエキサイティングな研究などについて説明された。最後に日本のマリンバイオ科学者へのメッセージとして「人と自然を介して科学者は、あらゆる可能性に向かって挑戦を!さぁ、頑張ろう!!」とアドバイスをくださった。92歳というご高齢にも関わらずお元気で、とても力強い臨場感あふれるメッセージを送ってくださったことに感動した。Benson先生の研究室の様子も撮影されていた。無造作に立てかけられているノートの背表紙の年号が1940年代や50年代であることに、今でも研究者として活躍されている先生ご自身の歴史を垣間見た。
 午後の最初の講演では(株)ヤマハ発動機の佐藤朗先生が、微細藻類の商業的大量培養に求められる要素などについて説明された。多くの微細藻類を培養する技術は確立したけれど、コストをかけて増やす価値のある微細藻類はまだまだ足りないとおっしゃっていたのが印象的だった。
 マイクロアルジェコーポレーションの竹中裕行先生は、現在商業化に成功している微細藻類や、昔から食用とされてきたスイゼンジノリなどの藍藻の生理機能について説明された。また火星のテラフォーミングにおいても藍藻が利用できるということを興味深いと感じた。
 (株)デンソーの蔵野憲秀先生は、アルカリ性の温泉から分離した緑藻シュードコリシスティスに関する研究を紹介された。シュードコリシスティスは窒素欠乏下で経由相当のオイルを合成する。窒素欠乏によってオイル生産に関与する遺伝子の発現を誘導する転写因子を特定し、転写因子を人為的にコントロールすることでオイル増産に結びつけようとする取り組みは、基礎研究としても大変興味深い素材であると思った。また、シュードコリシスティスの炭化水素には炭素数が奇数のものと偶数のものがあるということに驚いた。
 京都大学の福澤秀哉先生は、クラミドモナスのカーボニックアンヒドラーゼによるCO2濃縮・固定機構などについて説明された。特にタンパク質LCIBが光合成の時にだけピレノイドに局在しCO2の漏出を防ぐことによって低CO2条件に適応するという機構を興味深いと感じた。
 京都大学の宮下英明先生は、メジャーなクロロフィルとしてクロロフィルdを持つシアノバクテリアであるアカリオクロリスの発見とその分布について説明された。クロロフィルdは1943年に紅藻から単離されたが、その検出に再現性がなく、アーティファクトではないかと言われていた曰く付きのクロロフィルである。クロロフィルdを持つシアノバクテリアは全世界に分布していること、クロロフィルdはクロロフィルaとは異なり近赤外光を吸収するために、地球上の炭素循環を駆動する原動力として無視できない貢献をしている可能性を説明された。現在、光合成色素の分析は高速液体クロマトグラフィーで行われる。通常の分析条件では、クロロフィルdはクロロフィルbとほぼ同じリテンションタイムのために今まで見つけられなかったと説明なさっていて、自然科学の世界では先入観にとらわれずに疑問を掘り下げて行くことが、大きな発見につながることがわかった。
 神奈川大学の桜井英博先生は、シアノバクテリアのニトロゲナーゼを利用した水素生産、海面を利用した大量培養について説明された。地球表面の1.5%の海域利用で人類社会が利用する50%のエネルギーを生産できるというご説明によって、海域利用の重要性を実感した。
 東京農工大学の松永是先生は、低炭素社会の実現のために微細藻類を用いて行ってきたこととその問題点や、ナイルレッド染色による極性・非極性脂質のスクリーニング、窒素源濃度の脂質合成と成長に与える影響などについて説明された。
 講演の後には、現在のマリンバイオテクノロジー学会会長である北海道大学の嵯峨直恒先生のお話があり、筑波大学の白岩善博先生の閉会の辞で幕を下ろした。
 昼休みと講演終了後に行われたポスターセッションでは、終始、活発なディスカッションが行われた。学生による発表も多く、幅広い研究分野のポスターを見ることは、大変、勉強になった。エントランスホールでは、(株)サントリーが提供してくださった飲み物を片手に、あちこちで、白熱した議論が繰り広げられたり、再会を喜ぶ研究者たちで盛り上がっていた。当日は、用意した250枚のネームカードはあっという間になくなってしまったそうである。どの講演でも、後方には必ず立ち見の参加者がいて、自分が座っているのが申し訳ないくらいであった。自分の研究と今後の微細藻類研究のありかたを考える機会を与えてくれた本シンポジウムに参加でき、私にとって大変、有意義な1日となった。

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